原子力の安全性管理の課題─美浜3号炉事故および原発老朽化対策から見えてくるもの

岩波書店『科学』2005年10月号掲載
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原子力の安全性管理の課題─美浜3号炉事故および原発老朽化対策から見えてくるもの

上澤千尋(かみさわ ちひろ)
原子力資料情報室

■美浜3号炉事故から1年

 関西電力の美浜原子力発電所3号炉で2次系配管が破裂する事故が起きてから1年になろうとしている.破裂口から噴き出した蒸気をあびて,請負の点検業者の作業員5人が亡くなり,6人が全身やけどなどの重傷を負うという,たいへんいたましい事故であった.
 美浜3号炉は1976年に運転を開始した加圧水型炉*1である。2次系とはいえ,美浜3号炉の配管破裂・蒸気噴出事故は,原発の設備にも大きな影響を与えた.事故発生箇所の特定ができず,早期の原子炉停止と系統隔離に失敗したため,約900トン(関西電力の評価では885トン)もの量の蒸気・熱水が噴き出した.このため,主蒸気隔離弁駆動用電磁弁の端子箱に高温水が入り込みショートがおこった.また,タービン建屋の隣にある制御建屋内の中央制御室に蒸気が入り込み,中央制御室制御盤や計器用電源設備などにまで蒸気が浸入していた.事故後の運転操作に影響を与えて,より大きな事故へと進展していたかもしれない状況であったことが関西電力による事故報告書などから明らかとなっている.

*1 日本にある原発には沸騰水型炉(BWR)と加圧水型炉(PWR)の2つの型がある.

■配管破裂事故の原因をめぐって

 この事故で外径560ミリ,肉厚10ミリの炭素鋼製の配管が破裂したのは,配管の厚みが,エロージョン/コロージョンという現象によって,かなりの範囲にわたって0.5ミリ以下にまで減肉し,内圧によって生じる応力に耐えられなくなったためである.
 エロージョン/コロージョンは,配管内面の腐食と流れによる腐食生成物(サビ)の機械的はぎ取りがくり返されて起こる材料の劣化現象である.炭素鋼の配管では内面が全面的に腐食する.中を流れる水の流れが速かったり,乱流が起きたりすると,水やその中に含まれる不純物の粒子が配管の内壁に衝突してサビが削り取られる.配管が折れ曲がっていたり流量計測用のオリフィス(流量制限用円環)があって幅がせばまっている箇所があったりすると,強い乱流が生じ,エロージョン/コロージョンが起きやすい.美浜3号炉で配管が破裂したのは,まさにそのような場所であった.

■事故の背景:点検計画とその実際に関して

 せめて配管の減肉が起きやすい箇所だけでも点検しよう,という気持ちが電力会社にあったかどうかはわからない.エロージョン/コロージョンや他の現象によって減肉が起きる疑いのある配管の折れ曲がり部,オリフィス,レデューサ,大きな弁などの下流の一定の範囲に限って配管の肉厚測定を行ない,配管の交換や補修のめやすにしようということがすすめられてきた.そのガイドラインとして使おうと,関西電力が三菱重工に依頼してつくらせたのが『原子力設備2次系配管肉厚の管理指針(PWR)』(1990年5月)であった.
 美浜3号炉の事故が起きた復水配管オリフィス下流部の場合には,運転開始後およそ28年の間,1度も配管の肉厚の測定は行われていなかった.それだけでなく,肉厚管理のリストにも載せられず,点検の対象とすらなっていなかった(事故直後に予定されていた定期検査期間中に点検する計画であったとの報道もある).
 美浜3号炉の事故箇所が点検計画から漏れていたことは重大なミスではあるが,漏れていなければうまくいったのか,といえばそうとも言えない.まず,昨年9月の時点で,15万ある点検対象箇所のうち,沸騰水型原発を中心に7万の部位が未実施であったことに注意しておきたい.
 また,初回の点検が行われる前に,「最小必要肉厚」をわりこんだり配管に穴があいたりしてしまう危険性がある.実際にそういう事例がいくつも起きており,そのひとつが,美浜3号炉事故のわずか1か月前の2004年7月5日に見つかった大飯1号炉での主給水配管のエルボ部の減肉である.4系統のうちの3系統で,「最小必要肉厚」を下回る厚さになるまで減肉しており,いつ壊れてもおかしくない状態であったのにもかかわらず,それと気がつかないで配管を使いつづけていた.それでもせめてこのときに何らかの対策がとられていれば,美浜3号炉で事故が起きずにすんだのではないか.
 その一方で,事故後にも「最小必要肉厚」を下回るケースが多数報告されており,美浜3号炉で事故が起きなくても,他の原発で起きていた可能性が高かったと考えないわけにはいかない.
 「肉厚管理指針」の根底には,なるべく肉厚の測定の回数を少なくしよう,測らないですむならそれにこしたことはない,という考えがあるように見えてしかたがないところがある.それに,エロージョン/コロージョンという現象についても,もうすでにそのメカニズムがすっかりわかってしまっているもの,と固定して考えていたのではないか.点検リスト漏れ,点検未実施がたくさんあるのも当然かもしれない.この点は事故後の対策においても本質的に改善されてはいない.

■原発の老朽化対策について

 「加圧水型炉の蒸気発生器」や「加圧水型炉の原子炉上ぶたの交換」,「沸騰水型炉の炉心シュラウド*2の交換」など,原発を動かしはじめた当初にはまったく交換することを想定していなかったような大型機器の交換が具体化しはじめた1993年前後から,私たち原子力資料情報室は原発の老朽化問題に本格的に取り組みはじめた.その後,2002年8月の東京電力のトラブル隠しスキャンダル以降には,金属材料の研究者,元原子炉設計者,物理学者などさまざまな専門知識を持つ人たちを組織し「原発老朽化問題研究会」として,再循環系配管やシュラウドの応力腐食割れ,原子炉の中性子照射脆化,そして”維持基準”の考え方などの問題を中心に研究を進めてきた.現在まで成果をまとめたものが今年3月に発行した小冊子『老朽化する原発』(1)である.

*2 圧力容器内で燃料集合体全体をおおう円筒状の隔壁.

 8月末に、老朽化原発の使用をすすめるために総合資源エネルギー調査会の「高経年化対策検討委員会」が報告書『実用発電用原子炉施設における高経年化対策の充実について』をまとめたが,2005年12月の時点で30年を超える原発が9基ある.運転期間が30年を超える原発について,上記の小冊子の中で田中三彦さんがいうところの「原発60年酷使作戦」が進行している.その中身はこうだ.国(経済産業省/原子力安全・保安院)は電力会社に原発の機器や構築物の「健全性の評価」と「長期保全計画」の作成を求め,『高経年化技術評価報告書』(2)にまとめさせる.その報告書を経済産業省/原子力安全・保安院+学識経験者が評価し,内容が「適切」と判断されれば,その原発の運転は10年続けることができる.その後は,10年を超えないうちに同じことをくり返し,最大60年まで運転することを認めようというのである.
 『高経年化技術評価報告書』には,東京電力の事故隠しや美浜3号炉事故後にあきらかになった配管減肉検査の実態,といったようなことがらは反映されていないほか,原子炉の中性子照射脆化の問題(3)の取り扱いも不十分である.
 ほぼ1年に1回の間隔で国が行なうことになっている定期検査について一言だけ述べておきたい.老朽化原発に対する対策という意味でも,定期検査とその期間中に行われる定期事業者検査を始めとする種々の検査を,いまより厳正に行なうべきである.さらに,どの第三者にも技術情報がすみやかに原則的に公開されることとし,内容のチェックができるように保証することを,まずは,求めたい.

文献
(1)原発老朽化問題研究会:老朽化する原発,原子力資料情報室(2005)
(2)日本原子力発電・敦賀原発1号炉:高経年化技術評価報告書(1999);東京電力・福島第一原発1号炉:高経年化技術評価報告書(1999);関西電力・美浜原発1号炉:高経年化技術評価報告書(1999);東京電力・福島第一原発2号炉:高経年化技術評価報告書(2001);関西電力・美浜原発2号炉:『高経年化技術評価報告書(2001);関西電力・高浜原発1号炉:高経年化技術評価報告書(2004);関西電力・高浜原発2号炉:高経年化技術評価報告書(2004);中国電力・島根原発1号炉:高経年化技術評価報告書(2004);九州電力・玄海原発1号炉:高経年化技術評価報告書(2004);
(3)この問題については,文献(1)の井野博満:pp.41?66;田中三彦:pp.67?80に詳しい.

その他に参考になる文献として、以下をあげる.
原子力資料情報室編:原子力市民年鑑2005,七つ森書館(2005)
関西電力:美浜発電所3号機二次系配管破損事故について(2005);http://www.kepco.co.jp/pressre/2005/0301-1j.html (最終報告があるページ);http://www.kepco.co.jp/pressre/2005/0314-2j.html (補足説明があるページ)
原子力安全・保安院:関西電力株式会社美浜発電所3号機二次系配管破損事故について(最終報告書)(2005);http://www.meti.go.jp/report/data/g50330cj.html (最終報告があるページ);http://www.meti.go.jp/report/downloadfiles/g50330c01j.pdf (本文);http://www.meti.go.jp/report/downloadfiles/g50330c02j.pdf (添付資料)