原発労災裁判梅田事件

 『原子力資料情報室通信』第493号(2015/7/1)より

 弁護団長 椛島(かばしま)敏雅(福岡県弁護士会)

 

原発労災裁判梅田事件とは

 1979年2月から6月まで島根原発と敦賀原発の定期検査(定検)で多重下請けの末端労働者として原子炉格納容器内等の仕事に従事した福岡市在住の梅田隆亮氏(原告)が、21年経った2000年3月心筋梗塞を発症した。これは島根原発等の定検での放射線被ばくが原因であるとして、その治療をした長崎大学医学部付属病院の療養費について、2008年9月松江労基署長に労災保険の請求をした。しかし、被ばく線量は8.6ミリシーベルト(mSv)に過ぎない等として不支給決定を受け、それに対する審査請求及び再審査請求をしたが棄却された。そのためその処分の取り消しを求めて、2012年2月福岡地方裁判所に国を被告に提訴している事件である。
 訴訟は福岡地方裁判所第5民事部に係属している。現在、原発での労働と放射線被ばくに関する事実関係の立証が終わり、これから争点は心筋梗塞の発症が原発の定検で受けた放射線被ばくの影響か否かに移行する段階にきている。
 本年9月には学者等専門家の証人尋問も予定されており、梅田裁判は最終の重要な局面を迎えようとしている。

国の主張

 梅田氏の労災認定請求に対して、国は、①1ないし2グレイより低い線量の放射線被ばくと循環器心疾患との関係を明らかにするような科学的な情報が不十分である。②広島・長崎の原爆被爆者を対象にした最新の疫学調査によると、0.5シーベルトよりも低い線量では心疾患のリスクについて有意な増加は明らかでない。③国際放射線防護委員会(ICRP)の2007年勧告において、現在入手できるデータからでは、約100mSvを下回る放射線量による影響の推定には、非がん疾患を含めることはできないと判断されている。④心疾患は喫煙、肥満、高血圧などが関係する生活習慣病の一つであり、放射線被ばくと関係なく死亡率が144.4(人口10万人対)である。⑤原告には糖尿病、高脂血症、喫煙等の心筋梗塞のリスク因子があったことなども踏まえれば、医学的に妥当なもので、何ら誤りはない。
 このように、梅田氏のような一般人では到底対応できない棄却理由を言い立てて、労働者の切実な請求を退けてきた。更に、訴訟で⑥8.6mSvという数値は、胸部CT検査を1回受けた際に浴びる放射線量(6.9mSv)をやや上回る程度のものにすぎない、との理由も付加している。これは原発労働者の労災認定請求は何が何でも認めないという強い意思の現れであろう。
 ところで、原発労働者の多くは働いている時は相対的に高い賃金を得ているように見える。しかし、その後は放射線被ばくが原因と思われる体調不良で働けなくなり、更に疾病を発症してからは、その治療費や生活費のために最後の備えとして蓄えていた預貯金等を使い果たして貧困と不健康に陥り、苦しんでいる場合が多いのである。労働者の労働により使用者は利益を受けるだけであるが、けがや疾病になった労働者はそのために塗炭の苦しみを受ける(可能性が高い)。元々、労災保険制度はこのような不正義を正す目的のものである。
 だから無過失責任にして、業務と疾病の関連が明らかであれば、簡易迅速に被災労働者を救済するのが通常である。この理は原発の定期点検労働者の疾病でも同じである。原発労働者が作業中に放射線に被ばくしたこと、被ばくによる影響を否定し得ない疾病を発症したことを証明すれば、国が、その疾病についての確たる発症因子等が立証できない限り、労災保険給付をなすべきである。

原爆症認定集団訴訟の成果を受けて

 梅田原発労災裁判は放射線被ばくによる心筋梗塞罹患を理由とする日本で初めての労災保険請求訴訟である。日本で原発が稼働して以来、その運転や定検に携わった原発労働者は少なくとも延べ数十万人はいると推定されるが、放射線被ばくを理由とする労災認定請求はこれまで48件しかなく、この内、認定されたのは僅かに10数例で、いずれもがん系の疾患である。
 しかし、原爆症では心筋梗塞も認定されている。原爆被爆者は2003年から取り組まれた原爆症認定集団訴訟で心筋梗塞認定の判決を勝ち取っている。弁護団は原爆症認定集団訴訟を支えた医師団で意見書に関わられた福岡市内の小西恭司医師から講義と助言を受け、放射線大量被ばくの労働実態等を認識させる必要性の示唆を受けた。

原発定期点検の現場と被ばく労働の実態

 原告の梅田隆亮氏は1979年2月6日から2月9日までと3月2日から3月10日まで島根原発で13日間、5月17日から6月16日まで敦賀原発で30日間、併せて43日間、原発の定期点検に従事している。1日の被ばく労働時間は短い時は35分、長い時で3時間位である。定検の労働現場の「雰囲気照射線量」が高くて、定検を請け負っている側もそれ以上働かせられなかったのである。必然、人海戦術による作業にならざるを得ない。
 梅田氏の作業内容の多くは原子炉格納容器(PCV)内での仕事で、腐食した配管の切断や取外しと溶接と取付け、計装配管の取替え、遮蔽プラグの取外し、鉛毛板*の取付け、足場の取付け、床面ポリシート貼り、足場取付け、PCV内床面に溜まった汚水の汲取りとウエスでの拭取りの仕事、そして超高線量の原子炉圧力容器(RPV)の壁面や床面のウエスでの清掃、及びRPVに繋がる計器類の計装配管の取替え等の仕事もさせられている。このほかタービン建屋や原子炉建屋内での配管の切断や取替え等の仕事に従事しているが、そこも雰囲気線量は相当高い。
 末端下請労働者はこれら作業に従事していても、放射線の人体への害悪や危険性を教えられていなかった。そのため、原告は島根原発では普通の作業着でマスクもアラームメーターも付けずに作業しており、敦賀原発でも防護服は着用しているものの高温多湿の現場で息苦しくなったり、マスクが曇り見えない時はマスクを外して作業している。また、労働者は責任感から作業中にアラームが鳴り出すと仕事にならないために、ポケット線量計やアラームメーター等を人に預けて作業を続けた。

急性放射線障害の発症

 敦賀原発での仕事を終えて、1979年6月16日に福岡の自宅に戻った梅田氏には、原因不明の鼻出血や吐き気、目まいの症状が出るようになった。また、全身のけだるさも覚えていくつものの医療機関を受診した。九州大学病院のカルテが残っていて、原告が全身倦怠感や脱力感、動悸、めまい、原因不明の鼻出血等の諸症状に襲われて小倉医師会クリニック、健和会総合病院、三萩野病院、長崎大学医学部、九州大学病院など複数の医療機関を受診していたことが明らかになった。これらは原爆被爆直後の被爆者に多く見られた症状で、この急性放射線障害が原告にも出ていたのである。
 また、九州大学病院のカルテには、原告が同年7月12日に長崎大学医学部においてホールボディカウンター検査を受けており、コバルト、マンガン、セシウムといった放射性核種が検出されていて、内部被ばくしていたことも明らかになっている。

長崎大学病院O医師の意見書も無視

 2008年9月原告が労災申請した時、長崎大学医学部付属病院の放射線科のO医師は、「梅田さんの体内から前述したコバルト、マンガン、セシウム137と思われるガンマ線のスペクトルを探知していると推定されました。梅田さんの体内に通常では検出されない放射性物質があった(内部被ばくの)可能性が高いと思われます。当時、悪心、全身倦怠感、昜出血性などの症状があり、病院の検査で白血球減少を指摘されたそうですので、急性放射線症候群に近い被ばくがあった可能性は否定できません。心筋梗塞の発症は(諸要因に加え)1979年当時の被ばくが関与している可能性は否定できない」という要旨の医証を書いてくれていた。この医証は、長崎の被爆者松谷英子氏が原告になった長崎原爆訴訟松谷裁判で1993年5月一審長崎地方裁判所が示した「放射線の影響を受けた可能性があれば原爆症と認定してよい」とした勝訴判決を意識して作成されていると思われる。(同訴訟は1997年11月控訴棄却、2000年3月上告棄却で確定している)。この意見書の内容と厚労省が従前原爆症認定で出していた「新しい審査の方針」による心筋梗塞の認定では(爆心地からの距離から推定して)1mSv以上の被爆線量が認められる心筋梗塞については積極的に原爆症と認定してよいことになっていたので、当然、放射線被ばくによる疾病として、労災認定がなされるべきであった。
 しかし、国は前述したように原発労働者梅田氏の請求に対しては専門家でも説明できないような理由をつけて、この医証を無視して救済を拒否している。

国の訴訟での対応

 医学的な争点とは別に現場関係者5人の証人尋問を行った。原発推進勢力からして、梅田原発労災裁判の結果如何では、原発の継続に重大な影響を受けると考えているのだろうか。証人は、山口亮氏1)、冨永克哉氏2)、藤井新一氏3)、渡部博氏4)、杉原洋氏5)の5名であった。
 彼らの証言の概要は、◆島根原発は汚染少なく線量も高くなかったので、PCV内で全面マスクをつけたこともアラームが鳴った記憶もない、作業服も赤服(高レベル放射線エリアに入るときに装着する防護服)に着替えたことがない(これは、梅田氏の記憶を裏付けている)◆PCV内は線量が高いので線量計等を隠すところはない、◆工事計画はあってもノルマはなかった、◆放射線教育は分かるまで丁寧にやっていた、◆線量計等の預け等はさせていないし、やられていなかった等である。だから記録に残っている8.6mSvは正しい、と国は言いたいのであろう。

原発労働者対国の裁判

 原告弁護団は梅田氏の原告本人尋問に加えて2名の証人尋問を行った。2名の証人は原発の下請け労働者としてその通常運転に長年携わってきた斎藤征二氏と、原告ら末端下請労働者を定検現場で就労させた2次下請けの放射線管理者升元弘氏である。
 斎藤証人は甲状腺腫瘍血腫、急性心筋梗塞、両眼の白内障を、升元証人は高血圧、胃がん、肺がん、目の手術、大動脈弁狭窄症等を抱え、いずれも放射線被ばくの後遺症と思われるいくつもの重い疾病を引きずっての命がけの証言であった。
 斎藤氏は下請け労働者がいかに放射線職場で差別をされているのか、そのために20項目の要求を掲げて労働組合を結成して闘ったが組合つぶしの攻撃を受けた事等を証言された。
 升元証人は、作業現場の雰囲気線量は1次下請けが作業開始前の朝に計測し、それを2次下請けに渡し、それで2次下請けの放射線管理員が作業人員の割り付けをしていた。しかし、実際の作業現場は労働者が歩き回ったり、工具を使ったり、配管を切断したりして作業現場の線量が上がる。私はそれを見越して割り付けをしていたが、多くの放射線管理員はやっていない、中には線量が高過ぎるために割り当てる作業時間を30分だけにしたこともある。30分だと大きいバルブのパッキンを締め付けているボルトを外すのに何人もの作業が要った等々、PCV内での生々しい作業実態を証言された。
 原子力発電所の作業員の労働実態は福島第一原発事故後、マスコミがいくらか取り上げ関心を持たれるようになったが、裁判所の証言でその実態が明らかになったのは極めて貴重なことである。
 2名の証言が終わった報告集会で梅田氏は、今日の証言でこの裁判は「原発労働者対国の闘いになりました。」と最後の挨拶をしたが、正にその様な闘いになっている。

勝利をめざして、より広い支援の輪を

 裁判はこれから、放射線と疾病に関する疫学や被ばく線量の科学的推定、内部被ばくの問題等についての専門家の意見書提出や、証言に移っていく。原告弁護団側は数名の熱心な専門家から協力を頂いている。国もいわゆる「原子力村」の専門家証人を出すといっている。弁護団は空中戦にならないように原発労働と被ばくの事実に基づいた裁判を進めて行く考えでいる。裁判勝利の展望が大きく見えてきている。原告、弁護団、支える会の三者は団結を固めて、これまで闇に葬られてきた原発労働者の救済と人間の尊厳の回復をめざして頑張っていく決意である。皆様のこころからのご支援をお願いする次第です。

弁護団事務局、弁護士法人奔流 池永修弁護士
Tel.092-642-8525 Fax.092-643-8478

 

証人の所属は以下の通り
1)山九プラントテクノ(旧西牧工業)株式会社電力事業部長、2)山九プラ ントテクノ(旧西牧工業)株式会社工事品質専門部長、3)日立プラントコンストラクション嘱託(高速増殖炉「もんじゅ」現場監督}、4)株式会社ジェイテック常務取締役、5)中電プラント株式会社~下花物産株式会社顧問

 


 

● 梅田隆亮さん原発労災裁判 提訴3周年記念集会 ●
【日時】7月4日(土)開場13:30 開演14:00 
【場所】福岡市中央区大名2-4-36 
     日本キリスト教団 福岡中部教会
(集会案内その1) tinyurl.com/ostqya8
(その2) tinyurl.com/ntxnvc8

● 梅田隆亮さん原発労災裁判 支える会 ●
  ☆ 「ニュースレター第12号」
(その1) tinyurl.com/pk767l8
(その2) tinyurl.com/p6qe8kr


 

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